図説 アイルランドの歴史 
リチャード・キレーン

鈴木 良平 訳
彩流社
2000年


①リチャード・キレーンについては、訳者が出版社に照会しても、アイルランドの某大学卒業した歴史家で他に著作もあるとしかわからない。アイルランド史はイギリス人=英国紳士目線によって書かれる場合が多いが、この書は徹頭徹尾アイルランド人目線で書かれている。=イギリス人は侵略者

②「人種主義の歴史」平野千果子 岩波新書 2022年 によれば、20世紀初頭のアメリカではアイルランド人は、白人扱いされていなかった。
確かに、ケネディ大統領の家系は、カソリックのアイルランド系であるが、アイルランド人への偏見が20世紀初頭のアメリカでは非常に強かったことは間違いない。

p130 
アイルランド人すなわちケルト人はイングランドから追放されるべきだというのは、一般的な考え方だったという【引用書名省略】

p154 
アイルランド人はそもそもイギリスの支配下で2級市民扱いで、その同じ構造がアメリカに持ち込まれた。彼らは新聞の風刺画などで「猿」で表象されることもあった。要するにアイルランド人は白人扱いされていなかったのである 

③生涯を朝鮮での長老派プロテスタント布教に捧げ、朝鮮で亡くなったアンダーウッド夫人は、アイルランド人と朝鮮人は似ていると明言している。朝鮮人にプロテスタント布教するなど全く無駄に過ぎないことに何故気づかなかったのであろうか?非常に疑問に感ずる。moonies=頭のイカレタ連中=統一教会は大きく分類すれば、プロテスタント系キリスト教の極めて特殊な一派である。

Fifteen Years Among the Top-Knots; Or, Life in Korea
Lillias Horton Underwood

The Koreans have been frequently spoken and written of as listless, dull, stupid, lazy, an inferior race but I submit this has been said mainly by travellers who did not know them, or by those who were their enemies and had an object in making the world think them worthless, or by those who had contented themselves with looking merely on the surface and had not studied them with a wish to know them at their best.

To the writer it seems that there is a close parallel between the Irishman and the Korean.Both are happygolucky, improvident, impulsive, warmhearted, hospitable, generous.

おバカな韓国人どもは、自分たちがアイルランド人と似ていると書いてあるので大喜びするであろうが、アンダーウッド夫人が朝鮮で布教を始めた20世紀初頭、アメリカでは、アイルランド人とはバカで劣った民族というのが常識であったのだ。多分、韓国では邦訳のない上記書籍のハングル語訳が出版されていてバ韓国人=「我々は優秀な民族ども」は、大喜びしているであろうからして、真実を書いておいてやった。まさしく、「つける薬がない」

④グーグルAIによれば、2024年PIAACの結果では、アイルランド人は、読解力263、数的思考力260、問題解決能力249である。従って、20世紀初頭のアメリカにおける「アイルランド人=どうしようもないおバカ民族連中」説は、アメリカのプロテスタント英国紳士がまき散らした根拠のない話に過ぎない。

一方、韓国人どもは下記の結果を示している。即ち、アンダーウッド夫人は、完全に間違っていた。重要なのは、韓国は世界有数の高い大学進学率であり、教育熱心な民族性である点だ。
従って、原因は明らかにどこをどう見ても朝鮮人固有の遺伝子変異にあり、しかも、集団遺伝学論文による明白は証拠が存在する
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p37 
1171年にはヘンリー2世がアイルランドにやってきて、新しいノルマン人の入植者の服従のみならず、大半のゲール人の諸王の服従も受け入れた。 アイルランドにおける長い、宿命的な、英王室の関与が始まったのである

p38 
1250年までには、【イングランド王が】アイルランドの領土の4分の3以上をーー最上の土地の大半を含めてーー征服し、所有したのである

p65 
【17世紀】アルスター地方【北アイルランド】ほど徹底的に、首尾よく植民が行われた所はなかった。

p102 
カソリックはまた法律家になること、官職につくこと、武器を携帯することを禁じられていた。これらの法律はプロテスタントに改宗させる努力の一端ではなかった

p106 
理論上は、18世紀のアイルランドは英国と共同の国王を抱くが、別な王国であった。しかし現実には、アイルランドは英国の植民地であり、植民地として統治されていた。その植民地議会は、プロテスタントの支配勢力のみを代表していた

p142 
1841年の最初の真に信頼できるアイルランドの人口調査は、817万5124人の人口を示した。40年ほど前は辛うじて400万人ほどの人口であったと見積もられている。ほとんどが貧しい農民で、アイルランドの農民の主要な食べ物であるジャガイモを食べて生きていた

p143 
1845年の秋、ジャガイモの収穫のほぼ3分の一がダメになった。
【1845年は備蓄でしのげた旨】

p145 
1846年、ジャガイモの収穫が再びダメになった。今度は深刻な、恐るべき飢餓が始まった。
1848年にはジャガイモの病原菌がまた猛威を振るった。翌1849年になってやっと飢饉が終わった、と言えよう。それは西ヨーロッパにおける最後の大きな人類の生存の危機であった。約100万人が死んだ、更に100万人が海外に逃亡した。

著者は、現在のウクライナにおける1930年代飢餓を見落としている。400万人が餓死したとされている

p146 英国を豊かにさせた自由放任の経済理論が、アイルランド人を餓死させたのである。アイルランドが英国の方法によって正しく支配されるか否かということが今後の問題となった

日韓併合後、朝鮮半島=李氏朝鮮で頻発していた飢饉が生じなくなったことをバ韓国人は、知らないか、知っていても、無視するであろう。

p149 
1850年から1930年まで、アイルランド人の移民はアメリカだけで400万人を超えていた

p153
【訳者による補注】大飢饉以後現在まで、約700万人の4アイルランド人がアメリカに渡ったといわれている。現在のアイルランド全島の人口が約500万人に過ぎないのに、アメリカには4000万人以上のアイルランド系住民がいる

p188 
「対英独立ゲリラ戦争」の最中の1920年に、アイルランドは英国によって南部と北部の二つの国に分割された。つまり、アルスター地方のプロテスタントが、ナショナリストのアイルランドと僅かでも順応・和解することに強硬に反対している事実を、英国は認めた

p192 
アイルランド共和国 1949年