アレクサンドロス大王の野望 

ニック・マッカーティ 
木村凌二 訳 
原書房 
2007年

作家によるアレクサンドロス大王の伝記であるがとにかく面白いの一言。この伝記から見てアレクサンドロス大王の軍による大規模な戦闘は3~4回程度に過ぎないようであり、他は全て自軍の損害が少ない小規模戦闘のみであったようだ、言い換えれば、アレクサンドロス大王軍の名声が高まった後は、多くの場合には戦闘よりもむしろ行進するだけでよかったと思われる。

残念ながら、何ゆえに若きアレキサンドロスが当時としては空前絶後の長征を続けたのか?その理由は本書によっても明らかではない。確かなのは、アレクサンドロス大王はほぼ確実に男色者であった点である。しかし、完全なホモではなく両方であったようである

p34
 【アレクサンドロス大王の父に関する記述として】マケドニア王には一夫多妻が認められていた。

p68 
アレキサンドロスは戦利品として市民2万人を奴隷とした。これは彼に不満を持つ民族にとっての恐ろしい警告となった

p71 
彼の軍隊は少なく見積もっても3万の歩兵と4000の騎兵、最大で4万3000の歩兵と4000の騎兵を要していた

p105
 【アレキサンドロスの統治方法について】ペルシア人に払っていたようにと年毎の租税を納めさせた。それから、その地域を統治する総督に部下のマケドニア人を任命した。これはアレキサンドロスが都市を占領するごとに繰り返していたやり方である

p123 
アレクサンドロスは指揮官たちに戦闘の全体的な作戦を伝えていたが、それぞれの指揮官は状況に対応する余地が与えられていた。こうしておくと、戦いが混乱状態になっても、兵たちは最高指揮官の命令を待つ必要がなく、順応性のある軍隊として素早く対応することができた

p130 
伝説では、アレクサンドロスの最初の息子ヘラクレスは彼女との子供だとされている

p158 
アレクサンドロスは兵に地元の女性との結婚を奨励し、結婚した兵には金と土地を与えた

p217 
アレキサンドロスはダレイオス王の娘スタテイラと婚礼を挙げた。

p220 
彼は死んだ。
32歳だった