日本陸軍とモンゴル 
興安軍官学校の知られざる戦い

楊 海英 
中公新書 
2015年

静岡大学の楊教授の著作であり、私には専門的過ぎてメモする箇所が少ない。しかし、本書は盧溝橋事件以後のモンゴルの軍事面での動きを知ることができる唯一の書である

本書によって、中国内モンゴル自治区における事実上の大虐殺を初めて知った。殺害を免れたモンゴル人男性は、モンゴル人民共和国へ多数亡命したのであろうか?



p97
【現在の中国成立直後】当時、150万人弱のモンゴル社会【中国の内モンゴル自治区】は34万人が逮捕され、2万7900人が殺害されるという代償が支払わされた。もっとも、これも中国政府が公表した数値であり、欧米の研究者と私の試算では犠牲者数は10万人に達すると見積もっている

内モンゴル自治区では、総人口比で5人に1人が逮捕され15人に一人が殺害されたことになる。

当時の男性人口を80万人とし、10歳以下=X人、10~20歳=0.9X人、20~30歳=0.8X人、30~40歳=0.7X人、40歳から50歳=0.6X人、60歳以上=0.5X人の6区分で、10歳以下を X とし、人口増加型の人口ピラミッドを想定すると、20歳~50歳のモンゴル人男性は0.8X+0.7X+0.6X=2.1Xであり、
X=177,777であるため、2.1X=20歳~50歳のモンゴル人男性は約37万に過ぎない。
この数値を元にすると、20歳~50歳のモンゴル人男性はほぼ全員が逮捕され、約3.7人に一人が殺害されたことになる

別のもっと人口増加率の低い人口ピラミッドを想定し、
15歳未満=X人、15~30歳=0.8X人、31~45歳=0.7X人、46~60歳=0.6X人、60歳以上=0.5X人の5区分では X=222,222、15歳から60歳男性は47万
であり、15歳以上のモンゴル人男性の約7割が、逮捕され、5人に1人が殺されたことになる。まさしく、チンギスハーン以来最大の男性人口減少であろう。金朝が実施していた、減丁作戦即ち、モンゴル高原で、出会ったモンゴル人男性を無差別に殺す手法ですら、これほどの人口減少はきたしていないであろう。

従って、チベット・ウイグルよりも最大の人的被害が、現在の中国建国後に生じたのは、内モンゴル自治区であると推測される。モンゴルの人々の歴史上初めての男性人口の大幅な減少である。

楊氏の著作、「墓標なき草原」上・下及び「ジェノサイドと文化大革命」を必ず読むこと。恐らくは、内モンゴル自治区の指導者層はほぼ全員が被害者となった可能性が高い