行動・生態の進化
シリーズ進化学 ⑥

長谷川真理子 他
岩波書店
2007年

このテキストで最も驚かされる点はイギリスのドーキンスについて一切言及していない点である。イギリスで発行されている生態学の書籍では、ドーキンスのいわゆる「利己的な遺伝子」という概念について、ダーウィンの進化論にも比すべき内容として大きく取り上げているのと全く正反対である。確かに、今日動物生態学では、ドーキンスに対する否定的見解も強いものの、「遺伝子は死なない」というドーキンスの比喩は正しい。少なくとも完全無視はいかがなものであろうか?

p30 
一夫一妻制と一夫多妻制を引き起こす遺伝子 
多くの哺乳類は 
一夫一妻制であったり 
乱婚制であったりする アメリカに生息するプレイリーハタネズミ(Microtus ochrogaster)は一夫一妻制をとるのに対して、近縁種のサンガクハタネズミ((M. montanus)は一夫多妻制である。
一夫一妻制と乱婚制の行動の違いには、神経内分泌ホルモンであるオキシトシンとバソプレッシンが関係している。 
一夫一妻のプレイリーハタネズミでは脳内のオキシトシンの放出は、雌が交尾した雄と一緒にいることを好むことを促進し、バソプレッシンは雄が同様に交尾した雄と一緒にいることを好むことを促進したり、子供の世話をしたりすることを促進する。しかし、乱婚制を示すサンガクハタネズミではオキシトシンもバソプレッシンも違った行動を促進する。例えば、サンガクハタネズミの雄はバソプレッシンによってグルーミング(毛づくろい)が促進される

李氏朝鮮時代において、四方博の慶尚道限定の研究によれば奴婢人口が人口の17%~30%強を占めており、両班男性は完全に自由に奴婢女性と性交が可能であった。この意味において、李氏朝鮮時代の朝鮮半島慶尚道は乱婚制社会であったとみなしうる。乱婚制社会が20世代=500年続いた場合どのような遺伝的影響が出るか?ゴリラは一夫多妻制であり、生殖可能年齢に達した雄ゴリラは群れを出る、チンパンジーは乱婚制であり、生殖可能年齢に達したメスは群れをでる。それによって、inbreeding loadを本能的に回避し、群れの個体数減少を防いでいる。同様に、李氏朝鮮時代の朝鮮では、ダレの朝鮮事情によれば婢の生んだ子供は売却された=群れから出された。従って、李氏朝鮮500年間で人口は3~4倍となった。いずれにせよ、非同義変異比率が高く、遺伝子頻度の分布も他の民族集団と異なり、置換変異パターンも異なるという極めて奇妙な特性を有する朝鮮人という人々の遺伝的構造に朝鮮半島独特の奴隷制=奴婢制が関与してしていることは間違いないように思えるが、その詳細を調べ続けよう

p31
このホルモンを作る遺伝子の違いが交配システムに影響しているのではない。
バソプレッシンの受容体(V1aR)の受容体の分布

p32
脳内でのバソプレッシンの受容体の分布と一夫一妻制との関係は、プレイリーハタネズミだけではなく、ヒトも含めた哺乳類全般にあてはまる可能性もある

p33
バソプレッシンの受容体(V1aR)が腹側淡蒼球に多く分布していることが、ペアが一緒にいる時間を増大させ、さらに雄が子供の世話をする行動を促し、一夫一妻制を引き起こしているといえる。
受容体自体をコードしている遺伝子の領域に、両者の違いはないが、その遺伝子の上流といわれる部位に違いがみられる。
プレイリーハタネズミのV1aRの遺伝子の上流部位には、マイクロサテライトDNAと呼ばれる繰り返し配列が挿入されている。この部位を含めたV1aR遺伝子をハツカネズミに入れてやると雄はペアの雌と一緒にいる行動が長くなった。従って、V1aR遺伝子の調整領域が個体の行動を変える部位であると考えられる。

このマイクロサテライトDNAは、通常よりも高い率で突然変異を引き起こすことが知られているので、比較的頻繁に、乱婚制、一夫多妻制から一夫一妻制の行動へまた逆の突然変異が生じる可能性がある

p55
ダーウィンを悩ませたアリの利他性
アリやミツバチなどの社会的昆虫

p59
血縁淘汰と群淘汰のモデル
血縁淘汰理論の根幹であるハミルトン則
【ΔX=遺伝子頻度の上昇率
x=遺伝子型
相対適応度=w】
遺伝子頻度の変化=ΔXは遺伝子型xと相対適応度wの共分散で一般に表現できるとするものだ

ΔX=COV(x,w)

血縁淘汰モデル

群淘汰モデル


p62
利他性を証明する3つの説

血縁度 
兄弟姉妹間では0.5、いとこの間では0.125

このように、子ではなく血縁者の繁殖を通し、形質が適応的に進化する仕組みは
血縁淘汰と名付けられた