岩波講座 世界歴史 10
モンゴル帝国と海域世界
12~14世紀
宇野伸浩
初期グローバル化としてのモンゴル帝国の成立・展開
p10
モンゴル帝国はケレイト王国を土台として成立した可能性が高い
クリルタイにおいて重要事項を決定する文化は、ケレイト王国からモンゴル帝国に継承されて可能性が高い
p14
キリスト教を受容し、王がキリスト教徒の名前を持つようになっていたケレイト王国の宮廷では、東シリア教会の宗教儀礼が行われていたことが想像される
モンゴル帝国において急速な西方への拡大が起きた要因は、モンゴル帝国以前に西アジア文明の要素がモンゴル高原にまで到達するというグローバル化がある程度まで進み、
従って、モンゴル帝国の征服活動によってグローバル化が始まったのではなく、
p25
ブロードブリッジはチンギスカン家の婚姻関係の分析に力を入れている
二つのタイプがあり、二人の男性が自分の姉妹を互いに嫁がせあう姉妹交換婚と、妻の兄弟の息子に自分の娘を嫁がせる婚姻、即ち妻との婚姻のお返しに次世代で娘を嫁がせる交換婚があった。コンギラト族とオイラト部族はこの交換婚をチンギスカン家との間で繰り返していた
p32
モンゴル帝国の出現そのものが、それ以前から始まっていたグローバル化の産物であり
ユーラシア・海域世界の東西交流におけるモンゴルインパクト
四日市 康博
p41
モンゴル帝国
単なる遊牧帝国ではなく、定住世界と遊牧世界を共に包括した遊牧・定住複合帝国であった
p66
バクダッドがモンゴルの侵攻によって再起不能なほど衰退したという事実は確認できない。むしろ、その巨大な人口から支出される膨大な税収はイル・ハン朝の財政を支えることとなった
モンゴル支配下の中国と多民族国家
飯山 知保
p107
モンゴルの統治は、在来の文化・宗教伝統の庇護とその実践者の登用、金国・南宋の官制や行政機構の継承、その一方での自らの政治慣習・文化的伝統による様々な制度や統治原則の多層的な併存とにより特徴づけられる
トルキスタン・トルコ系諸集団とモンゴル帝国
松井 太
p133
モンゴル高原に覇を唱えていた遊牧ウイグル帝国が西暦9世紀半ばに崩壊し、数十万のウイグル遊牧民が諸方に分散したことを契機として、ユーラシア平原のトルコ系遊牧集団は玉突き状に移動して中央アジア・西アジアの定住農耕地帯に進出した。
モンゴル帝国と海域世界
12~14世紀
現時点での最高水準の論文集
宇野伸浩
初期グローバル化としてのモンゴル帝国の成立・展開
p10
モンゴル帝国はケレイト王国を土台として成立した可能性が高い
クリルタイにおいて重要事項を決定する文化は、ケレイト王国からモンゴル帝国に継承されて可能性が高い
p14
キリスト教を受容し、王がキリスト教徒の名前を持つようになっていたケレイト王国の宮廷では、東シリア教会の宗教儀礼が行われていたことが想像される
モンゴル帝国において急速な西方への拡大が起きた要因は、モンゴル帝国以前に西アジア文明の要素がモンゴル高原にまで到達するというグローバル化がある程度まで進み、
従って、モンゴル帝国の征服活動によってグローバル化が始まったのではなく、
p25
ブロードブリッジはチンギスカン家の婚姻関係の分析に力を入れている
二つのタイプがあり、二人の男性が自分の姉妹を互いに嫁がせあう姉妹交換婚と、妻の兄弟の息子に自分の娘を嫁がせる婚姻、即ち妻との婚姻のお返しに次世代で娘を嫁がせる交換婚があった。コンギラト族とオイラト部族はこの交換婚をチンギスカン家との間で繰り返していた
p32
モンゴル帝国の出現そのものが、それ以前から始まっていたグローバル化の産物であり
ユーラシア・海域世界の東西交流におけるモンゴルインパクト
四日市 康博
p41
モンゴル帝国
単なる遊牧帝国ではなく、定住世界と遊牧世界を共に包括した遊牧・定住複合帝国であった
p66
バクダッドがモンゴルの侵攻によって再起不能なほど衰退したという事実は確認できない。むしろ、その巨大な人口から支出される膨大な税収はイル・ハン朝の財政を支えることとなった
モンゴル支配下の中国と多民族国家
飯山 知保
p107
モンゴルの統治は、在来の文化・宗教伝統の庇護とその実践者の登用、金国・南宋の官制や行政機構の継承、その一方での自らの政治慣習・文化的伝統による様々な制度や統治原則の多層的な併存とにより特徴づけられる
トルキスタン・トルコ系諸集団とモンゴル帝国
松井 太
p133
モンゴル高原に覇を唱えていた遊牧ウイグル帝国が西暦9世紀半ばに崩壊し、数十万のウイグル遊牧民が諸方に分散したことを契機として、ユーラシア平原のトルコ系遊牧集団は玉突き状に移動して中央アジア・西アジアの定住農耕地帯に進出した。
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