交流する弥生人
高倉洋彰

全く参考にはならない

p5
中国の稲作資料は確実に新石器時代に遡っていて
紀元前4700年頃には稲作が行われていた。列島に伝わってきた稲作は畑稲作と水田稲作の二派があるが、第一波の畑稲作にしても紀元前1000年頃に過ぎない。

p8
弥生文化の特徴は際限ないまでにあるが①水田経営に基盤を持つ農耕文化②鉄器や青銅器の威力を初めて知らしめた初期金属器の文化③衣食住に代表される日常生活の変化④一般の農民と一握りの統率者層という身分格差を持つ文化そして⑤それらを生じさせた主要な原因となる異文化交流の五点が殊に特記できる。

p10
日本の稲作は紀元前1000年ころから認められる。
畑稲作と考えられる
稲作伝播の第二波は縄文時代晩期末、紀元前400年ころのことになる。
【この書籍は2001年出版である。まだ年代修正が行われていない時点で書かれたものである】

p52
水田不適地の多い黄河流域で発達した漢字だけに田の持つ本来の意味ははたけである。
中国で田は今でも畑の意味で使われることが多く、水田はそのまま水田或いは稲田という

【タイトルとは異なり参考となる点はほとんどなかった】